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映画『砂の器』

映画館で『砂の器』を観ました。

 新進気鋭の音楽家として将来を嘱望され大物政治家の後ろ盾を得ている男がハンセン病患者の子どもだった過去を切り離すために殺人を犯してしまう人間と社会の暗がりを描いた物語です。ちょっと投げやりだった刑事が若手の頑張りに刺激されて、迷宮入りしそうだった事件をわずかな手がかりから犯人に結びつけていくミステリーでもあります。

 私には謎解きよりもハンセン病差別のために故郷を捨て石以て追われる親子の放浪が心に残りました。松本清張が描きたかったのもこちらかもしれません。戸籍を偽って過去を消すことも殺人もハンセン病差別が無ければ必要ないことでした。
 放浪のどの場面からも二人に降りかかる冷たさが伝わってきました。差別されていなければ病人として周囲の手が差し伸べられてもいいのに鼻先で戸を閉められ、巡査に足蹴にされ、身を寄せ合って寒さに耐える日々。
 特に世間の暴力が我が子に向かう時、それを庇いに走る父の姿には涙が出そうになりました。反対に粗末でも楽しげな食事の様子からは強い親子の情が感じられました。

 差別の中の放浪はもちろん、時には暖かい時間を過ごした唯一の仲間である息子と縁を切るのはどんなにか辛かったでしょう。らい予防法の下では肉親を引き裂くことも国民の務めとされたのです。どんな口実であれ二度とあってはいけないことです。

 再会を切望する父に会うように説得に来た三木を殺した和賀の心情は映画からは推測するするよりありません。差別された過去をうまく切り捨て、現在の成功を守るためには殺人も厭わぬ人間になってしまったのか、やむにやまれぬ何かの思いがあったのか、守るべき成功が失われたからには父と再会したのか。
 うちのどこかに埋もれている原作を読もうと思いました。

おまけ
 事件の手がかりを追う刑事の秋田、岡山、島根、伊勢の出張に重ねて疑似旅行が出来たのは暗い非日常空間で観る映画館ならではの効果です。部屋の中のごちゃごちゃが目に入る自宅のビデオ鑑賞ではそうはいきません。

 久しぶりに映画を観に行ったのは岡山松竹のサヨナラ興業だったからです。今回はほとんど席が埋まっていました。いつもこれくらい入っていたら閉館にならなかったのに自転車で行ける市街中心部の映画館が無くなってしまうのは寂しいことです。

 25日のありがとう岡山松竹の前売り券を買いました。今週は二本、観ることになりそうです。
yahooニュース
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060218-00000302-mailo-l33
岡山市職労ページ
http://www.icity.or.jp/usr/sisyoku/sanka/sanka.htm


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