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死に意味付けする思想の行き先 [憲法]

120705_170342.jpg 4日付け産経新聞オピニオンで曾野綾子氏が6歳児からの脳死臓器移植を褒めたたえていました。
 その文章から私が読み取ったキーワードは「(死を)むだにしなかった」「英雄」と「自分を捧げて」です。

 人の死に際して身近な人が意味付けをして自らを慰めるのは有り得ることです。
 一方、曾野綾子氏の意味付けはどこに意図があるでしょうか。
 上から目線で他人の死に意味付けをして英雄扱いする思想の行き先は、人を、若者を死地に送ることです。
 「君の死は無駄にしない」「英霊としてまつられる」と若者を戦場へと駆り立てたのは靖国神社の遊就館に行けばわかる皇国史観の特徴です。「自発的で英雄的」な、その実、強制された死を賛美しています。

 自らの死や臓器提供についてどう考えていたかを確認できない子どもの死を他人が肯定的に評価するのは傲慢、醜悪です。
 死を、特に若い人の死を肯定的に描く思想にはノーを突き付けたい。

 また荼毘に付された子どもの臓器は無駄になったのでしょうか。
 子どもを亡くして悲しんでいる遺族に「その子の死を無駄にするな」「提供すれば英雄だ」と臓器提供の圧力が掛かる社会にしてはならないと思います。

 私は成人として意志決定して臓器提供カードに記入し封入しています。

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